揖斐祭り

三輪神社

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300年以上続く三輪神社の例祭『揖斐祭り』の歴史です。江戸時代から、あの豪華な5輌の軕(やま)や大神輿3基は存在していた大きなお祭りだったのです。さらに、それよりもはるか昔からお神輿の巡行があった祭りでした。

 

初めに

揖斐川町三輪は天領で陣屋のあった町であり、濃尾平野と山地を結ぶ揖斐川の交通の要所地で、近郷も裕福であったことから、かつては大いに栄えた里でした。三輪の里と近郷の総氏神として祭られてきたのが当社三輪神社です。毎年五月始めに行われるこの例祭は揖斐祭りと云われ、親しまれてきました。この祭りの特徴は、神輿の町内渡御と子ども歌舞伎(山車芸)を奉納する山車の町内巡行が挙げられます。

 

歴史

揖斐祭りが現在の形になったのは、本社神輿の底裏に正徳4年(1714年)京都製と記載されていること、「絵巻物享保渡御」に祭りの行列と山車が記載されていることなどから少なくとも今から300年前であると考えられます。山車(やま)は5町内に1輌ずつ維持され、毎年当番の山車上で子ども歌舞伎が奉納されます。

江戸期揖斐祭りの図

この絵巻は、享保12年(1727年)の神輿渡御の様子を伝えている。揖斐祭りの様子を写実的に克明に描いており、かつての祭りがどのように行われていたのか理解できる。絵巻は5メートル近くあり、祭りに参加する神輿、太鼓、母衣集、飾り物など行進していく様子が続き、厳かな様子が伝わってくる。現在、揖斐川町の重要有形民俗資料に指定されている。

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